京都で諏訪さんぽ(京都市下京区ほか)

2018.02.27 / 地域を知る / 編集部さん

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「諏訪町五条下ル上諏訪町」

…どこ??

ここは京都市。
なんと京都市の市街地ド真ん中には、「諏訪」が点在します。
偶然の一致ではなく、ルーツは我らが諏訪地域。

京都で諏訪人が諏訪めぐりって、なんかオモシロイでしょ。

「上諏訪」があれば「下諏訪」もあります。
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この「下諏訪町」にはなんと諏訪神社があります。
御祭神は当然「タケミナカタノミコト」と「ヤサカトメノミコト」と思いきや…
なぜ「諏訪大明神」と「健御名方神」がわざわざ区別されているのでしょうかね。
ひとまず、ご挨拶に参りましょう
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由緒書きには、
・創建は延暦20年(西暦801年)
・桓武天皇の命を受けた坂上田村麿が東夷平定に成功した御礼に社殿を寄進した
などととあります。
ちょうどそのころの諏訪は、天皇家に仕えた京都にゆかりのある金刺一族が権力をもっていました。
下諏訪町にあるこの諏訪社は、今の諏訪大社下社にルーツをもつのかもしれません。
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この歴史の古いお宮には存続にかかわる一大事もありました。

もともとここには宮司さんがいましたが、戦後、管理が行き届かず荒れ放題。
京都府からは宗教法人の解散を勧められ…。
諏訪社に存続の危機が迫りました。
地元の氏子は模索をし、地域の団体で諏訪社の存続をはかることに。
宗教法人ではなく任意団体として社をお守りして行く決意をされました。
府内では前例のなかったこの所有者移転の手続きはたくさんの区民や役所の人たちの努力が重ねられた結果のようです。
支払う税金の工面や社殿の維持管理、保存の担い手など未だ多くの課題をお持ちのようですが、信州諏訪から遠く離れたこの地で、こんなに大事にされている諏訪社を眼前に胸が熱くなりました。

もうひとつ。
この諏訪社から歩いて20分くらい。
西本願寺の北側の一角にも諏訪神社があります。
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ここは「諏訪開町(すわびらきちょう)」。
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路地の奥にあの看板を見つけることができなかったら、見過ごしてしまうような場所でした。

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古樹を据えた本殿には「諏訪明神」と書かれた提灯。
古樹の根元にあたる部分にはタケミナカタノミコトを祀る祠。
そして…社殿と背中合わせに小さな祠…。
と、カエル!?
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どうやらこの諏訪社はかつて「蛙狩神事」があったようなのです。
いまではすっかり廃れてしまったようですが、授与所の絵馬にもカエル。
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ふたつのお宮は「上社」と「下社」を意識しているようにも感じます。

そして、いまでこそお社は残っていませんが、少し離れた六角通り付近には、古地図に「スハ町」そして「御射山」と呼ばれる地名も残っています。
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明らかに1000年以上も前の京都の街なかに諏訪信仰が息づいていたのです。

古い姿をかすかに残して、京都の人たちにも大切にされている様子がよく伝わってきました。
(ふり)

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