松澤義章の地図

2016.12.12 / 地域を知る / 編集部さん

どーん!

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サイズは畳1.5枚くらいの大きなもの。
これは江戸時代後期に作られた、長野県の…いや「州方國(すわこく)」の地図です。
が…当時の範囲を描いているのではなく、古い時代の「州方國」、つまりスワの神さまの勢力の及んだ範囲を表しているようです。

経年により色は明瞭ではありませんが、地図の中央部分が諏訪湖(現代と形が異なっている)とその周辺部、ピンク色に塗られた伊那谷と上田盆地と北信一帯、そして黄色の八ヶ岳東麓と松本平の東部一帯。
この地図はそれが「州方國」であるとしています。
ブルーに塗られた部分は湖や河川。
今は見られない湖がたくさん描かれています。
しかもかなり大きいことに、だれもが気が付くでしょう

松澤義章(まつざわ・ぎしょう)は上諏訪生まれの国学者、諏訪の神を高く評価し独自の諏訪史の研究を重ねた人です。
教科書にも登場する国学者の平田篤胤の門人でもあります。
彼の残した地図は非常に興味深いので、ちょっと観察してみましょう。

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地図のかたすみに松澤さんのかいた但し書きが。

ふむふむ…

・古い文書と古い神社と古い言い伝えと地面の高低をみてこの地図を作った。
・しかし国中の本を知っているわけではないので、間違っているところもあるかもしれないので、知ってる人は知らせてほしい。
・境界がよくわからないところもある
と。(ざっくり)

まあ、とにかく気になる諏訪地域の部分を見てみましょうか。
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当時市販されていたと思われる古地図(ほぼ同様の地図が他にも出回っています)に、松澤さんが着色したり付箋を貼ったように考えられます。

「内縣(うちあがた)」というのは諏訪の神の直轄、いわゆる現在の諏訪地域にあたります。
諏訪社の多くの重要神事はこの範囲内で執り行われていました。

諏訪湖の形状が現在と多く異なります。
これはいくつもの古い文献をもとに、松澤さんが推定した当時の諏訪湖の大きさ。
今の杖突峠の入り口付近まで湖があったことが描かれます。
赤い丸のついた付箋は、今の諏訪大社の位置にあるようですが、なぜか前宮は描かれません。
しかも「天龍大宮」と呼ばれています。
前宮がここで描かれない理由はもしかしたらその成立過程にあるのかもしれないので何となく理解しますが、諏訪社を「天龍大宮」と称す地図を見たのはこれが初めてでぱちくりします。

「龍」ねえ…
とおもって、もう一度最初の画像を見てください。
伊那谷を流れる天竜川を胴体に見立てたときに、諏訪湖の形が頭部になること。
そういえば伊那谷で取材していた方からきいた「伊那谷の人は天竜川でとれた魚を食べるときに“龍神様をいただく”と言う」という話を思い出します。
古代の伊那谷の世界観のなかには、諏訪湖と天竜川が大きくかかわっていそうです。

この地図は諏訪をめぐるながく大きな物語を視覚化したような地図です。
ごらんになりたい方は諏訪市のすわまちくらぶへ。
当分の間、複製の展示が行われています。

すわまちくらぶ
住所 諏訪市諏訪1-5-19
電話 0266-55-1029
開館時間 11:00~16:00
定休日 毎週水曜日
※駐車場は諏訪市営駐車場(徒歩3分)をご利用下さい。3時間まで無料です。

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