移住者で子育て世代の阿部田さん一家へのインタビュー

2012.07.30 / 人・団体・インタビュー / 編集部さん

このエリアに移住されてきた方に、その素直な感想や生活をお聞きしようというインタビュー企画。

今回の移住ご家族は、原村の保健休養地にお住いの阿部田さんご一家。

 

阿部田さんは、埼玉から岡谷市→諏訪市、そして原村の現在の場所に家を建てて暮らされています。

埼玉から岡谷に移ってきた当初は、周りの人から「諏訪の人は、きついしゃべり方をするけど、気にしないほうがいいよ」とアドバイスを受けたとか、でも本人たちは、あまり気にならなかったそうです。

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阿部田さん(ご主人さん)は、学生のころから長野県が好きでよく旅行に来ていたとのこと。

埼玉で仕事に就いていた頃、「いつか仕事をリタイアした頃に長野に移住できたらいいなあ~」と思う日々が続いていたそうです。

しかし、28歳にて考え方に変化が・・・・。

「このまま、30年も40年も先のことを思いながら生きていくのでは、先が長すぎる。

どうせ移住するならば、早いうちに移住しても変わらないだろう」
いつしかそのように思うようになったそうです。
周りの人からの、「仕事はあるのか? 向こうでうまくやっていけるのか」と心配を受けたものの「夫婦2人でならば、何とでもなるだろう」
「(当時)仕事ならば、東京よりも長野のほうが有効求人が多いから大丈夫だろう」

と移住に踏み切っていったそうです。

岡谷 →諏訪市 そして原村に家を建てて現在の生活を送っています。

 

私がお邪魔したのが、日曜日の朝。
ご主人は、庭の整備や薪割りの作業中でした。

絵に描いたような田舎暮らし生活を送っている阿部田さんお夫婦。

知人から借りた薪割り機(本格的なもので、30万円はするそうです)

大きな薪割り機、ご夫婦の共同作業で、機械を移動。

田舎暮らしでは、このような作業中も夫婦で協力して作業することが多いそうです。
庭にあった木々を薪にしていきます。

ウイーン、バシッ、ガシッー。
次々と丸太から薪が出来ていきます。

ウイーン、バシッ、ガシッー。

うんうん、作業着が決まってますね。 薪を作る姿って、ほんと男らしいですね。

阿部田さんの一言から急展開、「西村さんもやってみる?」

西村「えっ、いいんですか?」

阿部田さん「いいんです。」(サッカー解説者の川平慈英のようなフレーズ)

西村 「やります、やらせてください」
というところから始まる西村薪割りスト―リー。

私も薪割り作業、初体験なんです。

これ、楽しい。 自然の中での作業で、土の匂い、割れた木の香、
うまく割れた時の心地よさ

はまります、絶対はまります。
確かに、薪ストーブを持っている人達が、薪作りで休みがほとんどなくなる・・・・
なんてことを言っているのにもうなづけます。
そんなこんなをやっているうちに、時間は過ぎていき、
奥さんとお子さんは森の中に散歩に出かけていきました。

阿部田さんとの会話の中で印象的だったのが、

諏訪周辺には、仕事がたくさんある。過疎地や農家のみが住んでいる場所と違うから
こだわりを捨てれば、生きていくための仕事はすぐに見つかると思う。

この地域でも、転職したり、近くで引っ越しする人が多くいるのだから
首都圏からの移住というのが特別というわけでは全くない。

なにか特別な仕事をどうしても続けたいというのであれば、その仕事のある
場所で暮らさなければいけないと思うが、住む環境を優先させたいのであれば
なんら困ることはないと思う。

若い世代の人で、仕事が見つかるか心配で悩むことが多いようだが、私たちは楽しく暮らせています
と話してくれました。

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